東京には高尾山という山があります。
東京以外にお住まいの方には馴染みが薄いと思いますが、この山はけっこう知名度が高く、外国人にも人気の山です。
Nikeも「air TAKAO」という高尾山の名を冠した靴を発売するぐらい。
山道はそれなりに整備され、中腹までケーブルカーも走ってます。
実際に登ってみると、だいたいのコースでは1時間もしないうちに山頂へ着くのですが、「プチ登山」とも言えるその手軽さゆえか、行き交う人が多くいます。
天気と気候の良い日には、山頂では座る所もないほどの人だかりとなります。
すぐに山頂に着くので、物足りない方には隣の陣馬山まで行ってみるなど登山初級者には良い山です。
また、都心の新宿からでも電車で1時間ほどで着くため、登山装備ではない、普段着の人も多くいます。(ハイヒールで来る人も・・・)
そんな人気の高尾山が、いま危機を迎えようとしています。
都心から近い山の宿命でしょうが、高尾山には以前からトンネルで高速道路をブチ抜く計画が着々と進んでいます。
なにが危機かというと、高速道路が通ると地下水が枯渇する危険性があるという点です。
これに対して、いまエコ系の方々が座り込みを行っているのですが、それがなぜか楽しそうな座り込みです。
寒いなかお疲れ様です。
高尾山が市民の手から離れるかどうか、その期限が3月25日と迫り、クライマックスです。
なぜ座り込みをするのかと軽く調べてみたところ、この高尾山という土地は、もともと所有者がいなかったそう。
そして、トラスト地として地元その他の市民が守っていたのですが、いつのまにかこの土地は国のもの、東京都のもの、ということになってしまい、国交省と東京都を相手にいろんな団体が座り込みや抗議活動を行っているということです。
歴史的なところでいうと、高尾山は1967年に「明治の森高尾国定公園」として国定公園になっているようです。
国定公園だから国のものなのだろうけど、公園と設定しているにもかかわらず「国のものだから穴ぐらい良いじゃないか」となるかどうかは難しいところです。
この両者の対立についての焦点はやはり「地下水がどうなるか」ではないでしょうか。
地下水というものは自然にとって欠かせないのは周知の事実で、これが枯れると自然のサイクルが止まり、全て枯れます。
自然は水で生きてるといっても過言ではないです。
現状、高速道路はかなり工事が進んでおり、道路を延ばしてきて、そろそろ山を切り崩そうかというところ。
もしトンネルを掘っても自然環境が保全されるという確信があるなら別段言うことはないのですが、「山の真ん中に大きな穴を掘って、排気ガスを出す車が年中通る」という状況は、普通に考えると保全されるようには思えないですね・・・。
しかし意外と自然というものは強く、車がガンガン通ろうと、それに適応してドッコイ生きてるド根性もあります。
おそらく国と都としては「まぁ、大丈夫なんじゃない?」という感覚なのかもしれません。
とはいえこういったことをして現状の環境がそのまま維持できるわけがないので、座り込みが必要なのでしょう。
僕は「エコ」というものに対して賛成の部分と反対の部分の両方を持っています。
賛成の部分は、自然と共存するという考えです。
この考えは日本が何千年も昔から当たり前にしてきたことなので、今後も全力で考えるべきです。
江戸時代以前には太陽の力だけで、人が生きてました。
今のように電気や機械はなくても生きていけるだけの人口と消費エネルギーだったわけです。
そういった先人の知恵は確実に今でも通じるものがあり、そのひとつがエコじゃないでしょうか。
逆に反対の部分はというと、エコが「無条件に良いもの」という風潮です。
この世に無条件に良いものなどそうそうなく、エコ的なものにも必ず犠牲になるものがあります。
エコで最も犠牲となるのは「便利さ」でしょう。
「エコしてて良い気分」と思っている人のなかにも、近くのコンビニまで車で行ったり、古いケータイを捨てて新機種をすぐ買い換えるなどという人は多くいます。
また、「エコにはみんなカネを出すから賛成」という人たちも少なからずいるようです。
たしかに高速道路ができることで便利になるのでしょう。
でも、現状この道路がなくても世界は回ってます。
「本当に必要かどうか」というのはエコに限らず何にしてもとても重要なことで、それをしっかり見極める目をもつ努力を続けたいですね。